あなたにおくる最後の言葉

弔辞など故人に向けた言葉を集めました





さいとう・たかをさんへ 里中満智子さん弔辞

 

先生の劇画家人生は約66年。

長きに渡り、常にプロとして世の期待に応え続けてこられた道のりは、どんなに厳しかったか、想像に難くありません。

先生の業績を一言で表すと「劇画分野の開拓」「プロダクションシステムの確立」といわれるでしょう。
でもそれらは側で見るほど簡単に築けるものではありません。
漫画家の多くはアシスタントの力を借りて作品を仕上げています。
物理的に負担の大きい仕事なので一人で描いていては間に合わない。
昔で言う「弟子」のような感じでアシスタントと共に作画作業をします。

しかし、さいとう先生が築き上げられたプロダクションシステムは、映画づくりと同じように、完全な分業制なのです。
ストーリー、シナリオ、構図、作画、それぞれのプロが自身の持ち場を仕上げ、最終的に一つの作品に仕上げる、それがさいとうプロ作品です。
さいとう先生は以上の全ての分野をリードし、関わりますが、各分野のスタッフに委ねる部分が大きいのです。

これは、並の漫画家にできることではありません。
なぜなら漫画家は自分のイメージを自分で表現したいと願ってしまうのです。
物理的にそれが叶わないのでアシスタントの力を借りるのです。

私は先生に伺ったことがあります。
「自分で隅から隅まで描きたくなる時はあるのではないですか?」と。
先生は「世の中には自分より絵の上手な人はいっぱいいる。漫画家はストーリー、シナリオ、構図、キャラクター、作画、全てを求められる。その全てがうまく表現できないと作品発表の場をなくす。そんな勿体無い話はない。それぞれが得意な分野を集めて、一つの作品を作る。自分は自分より上手な人の才能を生かしたい」
このようなお答えでした。

自分を抑えてこそ、みんなの力を生かすことができる。そういう意味だと受け止めました。
信念がおありだったからこそ、そしてその信念を貫くという覚悟があったからこそ成立したプロダクションシステムであり、さいとうプロ作品なのです。
誰もが真似できるシステムではありません。

人の力を信じると言ってもご自身の努力は凄まじいものがありました。
80歳近くになられたころだったでしょうか、手の調子が悪いとおっしゃって、見せていただくと、手のひらに太い針金を埋め込んだように1本ぴーんと棒が入っているように見えました。
神経が固まってとても痛いらしいのです。
でもその手で、月産200ページほど手を入れておいでなのです。
発表された作品は、そんなこと、痛みは微塵も感じさせませんでした。

「プロダクションシステムで分業だから、自分ではほとんど描いていないのだろう」という話がまことしやかに飛び回ってたこともありますが、そんなことはありません。
自分のやるべきことから逃げない強さに教えられました。
こういうことを思い出すと、とても固い先生かと誤解を招きそうです。
先生は柔らかい話も大好きでいらっしゃいました。
昔は「女性はどうしてこうなんや?男にはわからん」という話が多かったような気がします。

でもある時期から本格的にお惚気が入りました。
輝子夫人とお付き合いが始まったころから、少しずつお惚気を聞くようになりました。
男の人同士だと照れてしまって言いにくいことでも、女の私には言いやすかったのかもしれません。
何より、とにかく誰かに聞いてほしかったというお気持ちがあったのではないかと思います。
お惚気を聞くのは気分のいいものです。
その人が幸せな気分でいる。
そのお裾分けをしてもらっているみたいで、こちらまであたたかい気持ちになります。

輝子さまと一緒になられて3年ぐらいたったころでしょうか、こうおっしゃいました。
「自分はもともと一人でいるのが一番落ち着く。だから結婚には向いていない。しかし今の妻と出会って、もし仮にこの人が男であっても一緒に暮らしたいと思った。人生の奇跡だ」とおっしゃったのです。

ああよかったーー。
先生は本当にお幸せなんだと、感動しました。人と人とは出会いだと思います。
漫画界はさいとう先生はじめ多くの心の広い先輩たちによって、私たち後輩は助けられてきました。
ありがとうございます。

先生、そちらではもうお仲間とご一緒かと思いますが、どうかさいとうプロのみなさま、版元のみなさま、輝子夫人、そして読者である私たちを見守ってください。
よろしくお願いします。
これからも頼りにしております。
そして、先生が残されたプロダクションシステム、その結実とも言える作品の続きをこれからもずっと楽しみにしております。
ありがとうございます。

令和4年9月29日 後輩 里中満智子

 

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2022年9月29日 さいとう・たかをさんのお別れの会