あなたにおくる最後の言葉

弔辞など故人に向けた言葉を集めました





蜷川幸雄さんへ、平幹二朗さんからの弔辞

 

とうとうこの時が来てしまいました。

『ハムレット』の稽古初日、やせ細って車いすに座るあなたの声の弱々しさに、胸が震えました。

でも、だんだん稽古が積み重なって、そのうちに、とても大きな声で怒鳴り散らすあなたの姿に、あわや蘇ってきているのだなと、嬉しく思っていたのに。

薄れゆく記憶を呼び戻せば、芝居で出会ったのは、あなたが40歳、僕が42歳。三島由紀夫作『卒塔婆小町』の99歳の老女を、僕が演じたときでした。

千秋楽が近づいたとき、この人とは長く付き合うことになるだろうなという予感がしました。

事実それから40年。まあ、不本意なブランクの 10年もありましたが、『王女メディア』『近松心中物語』『タンゴ・冬の終わりに』『テンペスト』『リア王』などなど、あなたと四つに組んだ17本の芝居。

僕の宝です。

充実した演劇人生を生きることができました。本当にありがとう。

でもあなたは、一度も僕の演技をほめてくれませんでしたね。シャイなのだということはわかってましたが、僕は何とかしてあなたから、ほめ言葉を引き出したくて、熱演に熱演を続けました。肺を痛めてしまうまで。

本当はもう少し理知的に演じれば 良かったかもしれません。でも、あなたの中の怒りと、熱情に突き動かされ、僕の中のマグマが燃え上がってしまうのです。

その火はまだ、冷えてはいません。あなたがいなくなった後、この焔(ほむら)を誰に受け止めてもらえるのか。

まるで……、シャーロックホームズに死なれたワトソンのように、途方に暮れてます。ドラマのシャーロックのように、生き返ってほしい。

でも今はあなたの怒りと、熱情を安らげてください。

さようならは言いません。『タンゴ・冬の終わりに』の中の一節をささげます。

「僕らはまた近いうちに再会する」

 

(2016年5月16日 東京・港区 青山葬儀所にて葬儀)

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蜷川幸雄さん:演出家。2016年5月12日、肺炎による多臓器不全のため永眠。享年80。

平幹二朗さん:俳優