僕がこんなところに立って蜷川さんに何かを言うなんて「バカ、小栗。お前に言われることなんて何にもねえよ」って笑われちゃいますね。
いろいろ考えたんですが、あまり堅苦しくても、砕けすぎても怒られそうなのでなんとなく行きます。
蜷川さん、どうします? 予定していた僕との公演。
嫌われて、俺も勝手に嫌って。仲直りしてもらって。やっと一緒にできると思っていたのに、あんなにしっかり握手もしたのに、約束したのに、悔しいです。
蜷川さんと過ごさせていただいた日のことをたくさん思い出していました。
なんででしょうね?
輝かしい思い出の日々のはずなのに、怒られたことばっかりが出てきます。
本当にお前みたいな不感症とは二度と仕事したくない。へたくそ。雰囲気。単細胞。変態。
「はー、君おじさんになったね。なんかデブじゃない?デブだよ。デブ。なありえちゃん、 そう思わない?ピスタチオみたいな顔」
あ、この最後のは竜也に言われた言葉でした。
もっとうまい文句もいろいろ言われたんですけど、その辺は右から左に流していたんで忘れちゃいました。
先日、もう会うことのできなくなってしまった晩、いてもたってもいられなかった数人で集まり、蜷川さんとの思い出話に花を咲かせました。
その時、やっぱり僕らは蜷川幸雄という人間を中心にした大きな劇団の一員だよねという話になりました。
本当にそう思います。なぜならそれぞれが蜷川さんの優しさと気配りと、その後の思いやりを感じているからだと思います。
僕をこの劇団に入れてくれて、「何でみんな小栗のカッコ良さに気付かないんだろうな?大丈夫、ぜったい俺が伝えてやる」と言って、見たことのない数々の景色に連れて来てくれて、信じてくれて、ありがとうございました。
今僕がこの場所にこうやって立っているのは、間違いなく蜷川さんの劇団の一員にしてもらったおかげです。
まだ僕はちょっと若いので、会いに行くのはたぶんまだまだしばらくかかってしまうと思いますが、僕が会いに行くまでに、そっちで新しい『ハムレット』の演出を考えておいてください。
その日に、「ダメになったな」と言われないように、僕は僕でこちらで苦しんでみようと思います。
でも不安だから、時々で良いから、こっそり夢にでも叱りに来てください。
待っています。
休むのが嫌いな蜷川さんだったから、きっとゆっくりなんてしてないだろうけど、少しはゆっくり休んでください。
僕の生意気をいつも受け止めてくれてありがとうございました。
とことん躍らせてくれてありがとうございました。
道を照らし続けてくれて、本当にありがとうございました。
(2016年5月16日 東京・港区 青山葬儀所にて葬儀)
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蜷川幸雄さん:演出家。2016年5月12日、肺炎による多臓器不全のため永眠。享年80。
小栗旬さん:俳優